大井川東俣遡行

南アルプス 椹島→三峰岳→野呂川越(山行管理番号#2007005)
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遡行の完了点は三峰岳直下の三国平。間ノ岳、農鳥岳、など巨大な3000m峰に囲まれた美しい場所だ。

  四方(CL)、石川(SL)、村瀬、高橋

 毎年夏休み恒例になった、ロング遡行。
 今年は南アルプスに目を向けてみた。
 南アルプスには、北から仙丈岳を取り囲むように流れる三峰川。北岳を回る野呂川、これは後に早川となって身延へ流れて行く。そして、白根山に発して、南アルプスの大半に沿って流れる大井川。
 この三つの川があると考えられる。
 知名度から言えば何と言っても大井川だろう。三峰川は数年前に遡行しているし、残念ながら南アルプスを離れて、天竜川に注いで名前が無くなってしまう。大井川は、最後まで「大井川」として太平洋に注ぎ込むのだ。
 そしてビルケでは初めて。
  この日本有数の大河を源流まで遡行するのが今回の目的だ。
 とは言え、大井川は電源開発のため、長島ダム、井川ダム、畑薙第一・第二ダムと、ズタズタになっている。逆にそのため道路が造られ、珍しいことに鉄道まで整備され公開されているのがアプローチを楽にしてくれているとも言える。
 実際には遡行の対象となるのは池の沢出合から上流であるし、魚止滝を除いて滝らしい滝もなく、延々と河原歩きを続けるだけなのだが、なにせ長い。
 まさに夏休みの遠出にピッタリ…いや他の時期には出来ないツアーであった。

 写真:四方
 記録:四方

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8月14日(Mon)【快晴】

 初日は「山」と言うより、まさに観光ツアー。多くの乗り物を乗り継いで、最後に林道を8Km程歩いてお終い。
 中央線・新幹線・東海道線・大井川鉄道(本線)・アプトライン・静岡鉄道バス、そして東海フォレストのシャトルバスと、延々と乗り続けた。
 朝自宅を出発したのが、6時半。椹島到着が15時過ぎ。10時間に及ぶ乗り物の旅だった。

金谷にて。大井川鉄道の旅が始まった。
大井川鉄道は、日本中の各社から払い下げられた車両をそのまま走らせているのでも有名。
千頭に着いた。名物SLも待機していた。
千頭からは「アプトライン」。昔の森林軌道のトロッコ電車だ。
 動力車は下に付いている。山を登っていく時は、運転は先頭車で行うが、動力車が後から押してくる。
ドイツの国鉄と同じ方式ではある。
途中の駅で山を下りてくる車両と行き違い。下りは機関車が先頭だ。
長島ダムへ登る所にある「アプト式鉄道」。ここだけが電化されていて、フルサイズの大きな電車が押してくれる。
90パーミルの急勾配を登ので、アプト式のラック線路が真ん中に敷設されている。
ここに専用の電機がギアを噛み合わせて、上り下りするのだ。
椹島からの林道にて。
「登山小屋」は、広くて静かな良い雰囲気の山小屋だった

 椹島から林道を8Km程歩いて二軒小屋に着いた。ここには完全予約制1泊2食付きのロッジ、キャンプ場、山小屋がある。
 二軒小屋ロッジは山の中に似つかわしくない洒落たログハウスの建物で、夏休みとあってか賑わっていた。
 「登山小屋」は管理人もいないが(ロッジが管理はしている)、お客も少なかった。でも広くて静かな良い雰囲気の山小屋だった。
 電源開発主体で作られた人工物なので、当然のように電気も来ている。

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8月15日(Tue)【快晴】

 二軒小屋ロッジに泊まれば、畑薙ダムからシャトルバスで歩かずにここまで来れる。
 出発の用意をしていたら、そんな観光客に珍しそうに声を掛けられた。
 観光開発と電源開発は本当に自然を考えているのだろうか?コスト優先、目前の採算重視。南アルプスや奥美濃など山深いところほど登山者が疎外されていると感じるのは僕だけだろうか。

 二軒小屋の先で林道はトンネルを抜けて二股へ進むのだが、トンネルの入り口がゲートで塞がれていた。林道が崩壊しているからだそうだ。そのため田代ダムの堰堤の上と、トンネルの出口付近に吊り橋が掛かっていた。
 その先も随所で林道は崩壊をしていて、随分荒れ果てた感じだった。でも、沢の中にはワイアやガードレールの残骸などが転がっていて、沢通しには進めない。もっともまだまだ水量が多くて、崩壊し掛かった林道でも、こちらの方が断然早い。
 3ピッチ程で唐臼沢出合についた。地形図には載っていないが、対岸足下に新しい堰堤と施設が出来ていた。10年程前に出来た取水堰堤の様だ。堰堤に遮られて、この上流はまた水量が豊になる。ここから上流は禁漁区と付近の立木に張り紙がしてあった。
 相前後して登ってきた、釣り師らしいパーティはそそくさと沢へ消えて行った。
 しばらく行くと未だ新しい橋が架かっていて、林道は右岸へと渡り徐々に高度を上げていく。登り切った辺りが森屋沢の出合。地形図には集落の様な記号が点在しているが、辿り着いて唖然としてしまった。
 夏草の中に放置された建物・工場・トラック・ゴミ・生活物資…登り口の橋には「平成6年」とあったから、唐臼沢出合の取水堰堤を作るのに使ったのが最後か。こんな山の中に、累々たるゴミの山。。。
 気を取り直して降りていくと、沢は開けてくるが土石流で埋まっていた。向池ノ沢の出合を過ぎる辺りまでそんな広大な河原を歩いた。やがて沢が狭まってくると、池の沢出合だった。池ノ沢へ少し登った林の中に池ノ沢小屋があった。まだ何とか使えそうではあったが、締め切った林の中の小屋はかなりカビ臭かった。

 池ノ沢出合で、登山道は広河内岳へ登っていく。途中に池ノ沢池がある。池があったから名が付いたのか沢の途中にあるから池に沢の名前が付いたか、どちらかは分からないが、きれいな池だそうで一度行ってみたいと思う。
 我々は、そのまま本流を進んだ。この辺りからはもう殆ど道は残っていない。登山者や釣り人が入るので、 そこここに踏み跡は見当たるが、地形図にある橋は全て倒壊してしまっていた。やっと遡行らしくなった。水量はまだ豊富だが、泳ぐような所は殆ど無く、河原歩きの延長だ。
 沢の日暮れは早い。16:00が近づいてそろそろ日没が近くなった。夏なので、日が落ちてもしばらくは明るいのだが。
 沢は狭まり大きく右へ曲がったと思うと魚止めの滝が現れた。東俣唯一の滝か。この滝は左手の岩場から越えられ。
 滝の上にはキャンプに好適な場所がいくつもあった。我々も10時間の本日の行動を打ち切って、露営の準備に取りかかった。

沢の朝はゆっくり。あまり早いと水が冷たいから(!?)
小屋の先で大井川を渡る。最初の吊り橋
最初の吊り橋はしっかりしている。
再び渡り返す。だんだんワイルドになる。
しばらくは林道を淡々と歩く。南アは山深い。どんどん山の中に入っていく。
取水堰堤の先までは所々崩壊した荒れた感じの林道を行った。
森屋沢の出合付近は廃村。工場や飯場、トラックなど至る所に放置されている。
自然を大切に、環境の保全を…声高に謳う大企業の破壊の跡。
登山道の整備を怠り、登山者を閉め出しているのは、こう言った環境破壊の跡を見せないためだったのか!
今回のツアーは、東海フォレストと中部電力のやりたい放題の跡を随所で見させられた遡行でもあった。
向池ノ沢の出合付近は、大量の土砂で埋まっていた。広い河原を歩く。
池ノ平小屋
池ノ平出合を過ぎると、林道・登山道は殆ど姿を消す。
きれいな沢。水量は減ったとは言えまだまだ豊富
出た!本日の目的地の魚止めの滝。落差は10m位か。堂々とした滝だ。
右の小滝沿いにも登れそうだったが、右岸の岩伝いに難なく登れた。
10時間歩いた最後なので、皆さんちょっと疲れ気味か?
滝の上は絶好のキャンプサイト。ツェルトを張って、夕食の準備。

 

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8月16日(Wed)【快晴】

 テン場から、遡行終了点までは3時間程。快晴ではあったが、3,000mの山頂付近だけは雲がまとわりついていて、ついに南部の山々は姿を見せなかった。
 大井川の源頭に向かって、次第に斜度を増す沢を遡った。
 すぐに熊の平小屋・井川越へ詰め上げる乗越沢を左に分けた。そしていよいよ源頭らしくなった所で、三国沢と農鳥沢に分かれる。
 「大井川源頭」の標識は農鳥沢の方にあるようだが、本流は三国沢のような気がするのだけど。。。
 下の写真の「最初の一滴」は、連続する流れとしての最初の一滴だ。実はこの上で、沢は伏流になり、トラバース道付近で再び姿を現すのだ。
 ハクサンフウロ、チングルマ、ヤマハハコ等有名な高山の花々に迎えられて、最後の源頭を登り切り、トラバース道に出た。これで、総計13時間に及ぶ大井川東俣の遡行が終わった。
 ここで、農鳥岳から広河内、大篭山、白剥山へと、長い縦走で伝付峠から下山するTと分かれた。
 我々は仙塩尾根を野呂川越えから両俣へ降りるのだ。
  「アトは一般道だ。」と、軽く考えていたが、南アルプスは手強かった。トラバース道から起点の三峰岳までが結構長かった。
 三峰岳から仙丈岳まで延々と尾根が繋がっている。途中には横川岳、伊那荒倉岳と明瞭なピークは二つだが、細かなアップダウンを繰り替えて延々と続く、通称バカ尾根だ。あまり通る意味も無いのでそう呼ばれているのか、馬鹿しか通らないのか…
 三峰岳からこのバカ尾根を半分程行った所が野呂川越だ。
 三峰岳の登りも長かったが、三峰岳から野呂川越も半端ではなかった。地図で見るとピークが3つ4つ。しかし、コンターに現れないアップ・ダウンがかなりあった。ルートも地図では尾根の上を真っ直ぐに辿っているようだが、実際には、小ピークを巻いたりして侮れない。野呂川越はかなり落ちているので、何回も「今度こそ!」と騙されて、疲れることになってしまった。
 騙され続け、ついに夢に見た野呂川越の標識に出合い安心。最後の急登を疲れた体と足に鞭打って駆け下りた。
 辿り着いた両俣小屋は小さな小屋だが綺麗に手入れされていて、気持ちの良い場所だった。
 早速ビールを飲んで、人心地。ツェルトを張って、夕餉の準備をした。

露営地の付近にはオタカラコウやコガネギク等、菊科の高山植物が多かった。標高も2,000m近い。
最後の滝か。沢は源頭らしくなって、水量も減ってきた。
行く手には三峰岳や間ノ岳の稜線が見えてきた。
大井川東俣最初の一滴。
 
森林限界を越えた。最後は熊沢小屋から農鳥岳へのトラバース道。
トラバース道から三峰岳に登った。結構長かった。
野呂川越えはここから長い仙塩尾根の途中だ。
仙塩尾根の先には仙丈岳が大きい。
何回も騙されて、やっと野呂川越えに着いた。ここから最後の急な下りで両俣小屋に着く。
やっと着いた。この日も10時間の行動だった。

 

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8月17日(Fri)【雨のち晴】

 3日間は、良い天気に恵まれた。気圧配置は安定していたので安心していたが、台風の余波で最終日は雨となった。
 最もバス停まで2時間余り歩けば、お終いだ。
 早暁雨の音で目が覚めた。狭いツェルトなので、体が生地に着くと濡れて冷たい。明るくなるまで何とか我慢したが、5時過ぎに限界に達した。最も他のテントの人達は暗いうちに出て行ってしまった。7時のパスで帰ったのだろう。
  ツェルトの中で雨具に着替え、コンロを出すのも面倒なので、朝食は残った行動食で我慢することにして、早々に出発した。
 北沢峠へのバスは9時過ぎ、時間に余裕はあるのでノンビリ林道を歩いた。雨はだんだん小止みになり、バス停に着く頃には殆ど止んでいた。野呂川出合で朝食を作り、コーヒーを飲んでバスを待った。
 広河原からのバスは空っぽでやってきて、我々の他に1名の登山者を拾って北沢峠へ運んでくれた。
 北沢峠は観光客やら登山者が沢山バスを待っていた。…とは言え1台のマイクロバスで余裕の人数ではあったが。
 夏休みなのにこんなにヒマで良いのだろうかと、心配になる。
 降り着いた清流荘もガラガラ。夏の最盛期などは登山者が一杯で、お湯が濁ってしまう程なのに。。。
 我々にとってはラッキーだったが。
 温泉の誘惑に負けて、高遠行きのバスを逃してしまった。バスターミナルのおばちゃんに、伊那から名古屋までの高速バスを予約して貰い、タクシーを呼んで伊那へ出た。その後は順調な帰途だった。2晩の睡眠不足をバスの中で取り返す内に名古屋に着いた。

両俣小屋を出る時は結構降っていた雨も、直に小止みになった。
野呂川出合のバス停。バスを待ちながらゆっくり朝ご飯を作った。
下界は晴れ。清流荘から雲間に姿を現した鋸岳が見えた。


●コースタイム

■コース・タイム
8月14日(月)(快晴)
8月15日(火)(快晴)
時刻
場所
時刻
場所
7:20
名古屋駅発(こだま562号)
6:00
二軒小屋
8:18=8:29
掛川(JR東海道線)
6:14
下の吊り橋
8:44=9:16
金谷(大井川鉄道)
6:24
上の吊り橋
10:31=10:35
千頭(南アルプスアプトライン)
7:05
曲輪沢出合
12:18=12:22
井川(静鉄ジャストライン)
8:09
徳右衛門沢出合
13:23=14:30
畑薙第一ダム(東海フォレストリムジン)
9:03
唐臼沢出合(取水堰堤)
15:11
椹島
9:28
森屋沢出合
17:41
二軒小屋
10:22
向ノ池沢出合
   
11:26
池ノ沢出合
12:21
1880m
15:45
魚止ノ滝
16:00
テン場
8月16日(水) (快晴)
8月17日(木) (雨のち晴)

写真 四方すすむ / 記録 四方すすむ

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