8月5日(Sat)【快晴】
藤川橋から眺めた藤川谷は水量も少なくて、穏やかな小沢に見えた。
橋の近くから入渓するが、いきなり堰堤が出てきてがっかり。
気を取り直して、左から堰堤を巻いて下りる。すぐに小滝が出てきた。水も綺麗だし、沢も美しくて楽しみながら先へ進んだ。
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藤川橋から眺めた藤川谷。 |
堰堤を巻いて下りるとすぐに小滝が迎えてくれた。 |
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美しい滝が続いて出てくる |
水量もそこそこ |
すると、ゴルジュが出てきてその奥に大きな釜を持った小振りの滝が掛かっていた。両岸はハング気味。
泳いで取り付こうとするが、どうしても一番下のスタンスに乗れない。順番に皆でトライしたがやはり無理だった。梅雨明け直後なので水量が多いせいだろう。…悔しいがそう言うことにして右岸を巻いて上がった。巻き道は結構踏まれていて、直登を諦めたパーティがかなりいると思われる。その上の滝も滝新近くに2本程の流木が引っかかっているので、それを上手く使えば登れるかと思ったが、懸垂で降りてダメだった時のことを考えてパス。まだその先にもう一つ大きな滝があった。これも滝幅一杯の水勢とややハング気味に見えることからパスすることにした。
結局核心部の滝を巻いてしまった。でも、この3〜4つ程をまとめて巻くと巻き道は素直に沢に戻った。最後は懸垂で降りなくてはならないと思っていたのに、何となく肩すかしを食った感じ。
またいつか登りに来よう。
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| 交代で取り付いてみたが、どうにもならなかった。
でも、まだ先に難関が控えていたので、登れなくて良かったかも知れない。 |
その後もしばらく小滝が続いて楽しませて貰った。やがて沢は大きく二股に分かれた。
随分昔政所から登ったことがあったので、右股を取ればその登山道に出るだろうと思い、右股へ入った。
やがて大きな石の転がる急な崩壊地に出た。落石に気をつけてゆっくり登った。 。
崩壊地を過ぎると、もう本当に源頭。傾斜は次第にきつくなって、立ち止まるとずり落ちてしまいそうな位だったが、先に稜線に区切られた空が見えてきて、励まされた。
登り立った所は、予定通り政所からの登山道のちょっとしたコルだった。折角来たのだから、日本コバの山頂へと向かった。
山頂部は、今はブリキの標識と赤テープが嫌と言う程付いていて間違えようもない。10数年前登りに来た時は、道標も殆ど無くて、丸一日藪漕ぎをして山頂部の一角にやっと辿り着いたものだった。山頂部から山頂までは結構複雑な地形で、その時は途中で諦めて帰った。
今回は多すぎる道標のお陰で、何の躊躇もなく山頂に立てた。しかし、この赤テープはちょっとやりすぎではないだろうか…
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| 交代で取り付いてみたが、どうにもならなかった。
でも、まだ先に難関が控えていたので、登れなくて良かったかも知れない。 |
帰路は、藤川谷に沿って直接如来堂に下る道を選んだ。山頂部から飛び出す所の「岩屋」は伝説の修験道を彷彿とさせる所だった。
登りに我々は、二股を右に取ったが、左股を詰めるとこの岩屋の辺りに出るようで、沢詰めのルートとしてはこちらが良く登られているようだ。下山後、インターネットのホームページで先人の記録を読んで思いを新たにした。
この次は左股にしてみようと思う。
登山道は、鈴鹿のメジャーなルートに比べればわかりにくい所もあるかも知れないが、良く踏まれた道で何の不安もなく帰ることが出来た。
石灰岩質の山なので、蛭の心配をしていたが、直接喰われたのは一名(一カ所)だけだった。
駐車場で靴を脱いで靴に上がってきている蛭を見つけて悲鳴を上げたのが他に一名いただけで、梅雨明け直後の鈴鹿としては蛭の少ないと言える場所だった。
●コースタイム
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